Edelsteinkiste
10.王宮にて9th

story /back next

 

 この季節は理由なく窓を開けられない。
 換気口は設置されているが、あまり部屋の中に長居をするのは少し不安がある。
 主の部屋を出てから、先に食事を済ませてしまおうと食堂へ向かう。

 こつこつと大理石の廊下を歩む規則正しい音だけが響く。
 王の城に相応しい豪奢な造りは目のやり場に困るほど煌びやかで気圧されてしまうが
 厳かに描かれた高い天井の神々の絵は好きだった。
 私は神話というのは粗筋しか覚えていないが
 それに沿ったシーンをブロックごとに再現してあるのだ。
 あんな高い場所にどうやって筆を入れたのだろう。
 なんとなく興味を引かれて、神話の女神達を眺めながら進む。
 辿る先の絵が途切れ、T字に分かれた所で反射的に視線を落とすと
 見覚えのある人が曲がり角から驚いた顔でこちらを見ていた。

「やあジャニス…。珍しいな、呆として。」
「あ…失礼。」

 几帳面な雰囲気を漂わせた中年男性はそう言って口元で微笑んだ。
 馬鹿にされたとまでは思わなかったが、少々居心地は悪かった。
 気配の読み方は熟知しているが、私の場合基本的に殺気や緊張のない気配は捨て置いている。
 人が動くたびに反応していては効率が悪い。
 ここ数日、行動の殆どを主と共にしているのでそういった気配を感じる機会はなかった。
 だが"呆として"とまで言われるということは少し気が抜けてしまっているのだろうか。

 戦闘に関しては王宮は殆ど軍に口を出さない。
 この時期に口を挟んで妙な混乱を招くのは得策ではないと知っているのだ、こちらが忙しなく
動き回る時期は既に過ぎたのだろう。
 軍からの定時報告は上がっているが、それはあくまでも現状を把握するため。
 軍人の私に言わせればこの時点で戦闘に参加する者がここに居るのは少々不本意だが、それに
ついて議論をしようとは思わない。
 国王の命令は何をおいても最優先だ。 

「…どうだね、彼は?」

 会釈をして通り過ぎようと思ったのだが、いざ腰を折ろうとした所でヨシュア殿がそう訊いた

 モノクルを押し上げる白い手袋を目で追いながら姿勢を直して答える。

「良い素材です。頭の回転が速いし、動体視力も反応も良い。
 流石は十年に一人の天才と呼ばれるだけのことはある」

 ここ数日行動を共にしてみてそれを実感した。
 人の噂は根も葉もないと言う事もあれば、火の無い所にと言う事もあるものだ。
 並行する事例を瞬時に直列に繋ぎ直せる頭の回転の速さに加え
 私の剣を腕から止める反射神経と腕力。
 あの時は私が本気を出していないことを差し引いても、彼のポテンシャルは最初の想像以上に
高い。

「ほう?剣の稽古でもつけたのか?」
「いえ、自害すると見せかけて抜いた剣を止められました。
 首の皮一枚くらいは断つつもりだったんですが…腕ごと止められるとは、正直」
「お前がそんな芝居を?それは面白いな、見たかった」
「見世物ではありませんよ…。つまらない茶番です」

 先日のやり取りを思い出して苦笑いをした。
 我ながら笑ってしまうほど稚拙な脚本だったが、彼の性格上有効と踏んで打った芝居。
 諜報部時代に叩き込まれた技術も使いようだな。

「…あの方は戦えそうかね?」

 ヨシュア殿の言葉を測りかね、少し考えた。
 しばしの沈黙が流れる。 

「……それは…私の任務内ですか?」

 単純に、疑問に思って口にした。
 私の任務は、彼の護衛と指導。
 無論優先順位は護衛が先に来る。
 指導と一口に言っても、彼に自分の立ち位置を理解させた上で戦の情報、合理的な戦略を示唆
すること以上の権限は私にはない。
 私の役目は彼を戦わせる事ではなく彼を護る事だ。
 例えば主が前線に出る機会があるとしても、彼を狙う敵を全て私が薙ぎ払えば特に問題はない

 …解釈を間違えたのだろうか。

「……。くく。お前は相変わらずだ。」

 先の問いを繰り返すことはせず、ヨシュア殿は少し笑って呟く。
 この人の笑い方は独特だ。心持眉間に皺を寄せ、歯を見せて喉の奥で笑う。
 よくハズが"笑い方に性格の悪さが滲み出ている"とぼやいているが
 私にはどうしても悪戯が成功した時の悪ガキにしか見えない。
 さすがに四十路の男性に対して失礼に当たると思うので、本人にそう言った事はない。

 …確かに、仮に問い直されたところで答えは"否"だ。
 はっとするような力の鱗片はそこかしこに感じるものの、彼の思想がその才能を阻害している

 "戦いたくない"という前提で物を考える故に、具体的な戦略を編み出す前に思考を止めてしま
う。
 素材が良いだけに惜しまれる部分もあるにはあるが
 例え感情に依存する彼が愚策を講じたとしても死ぬのは彼ではない。
 私の任務に支障は出ない。

「絶対に彼を死なせるな、ジャニス・ガーネット。」
「御意。あ、そうだ…私の外出届は受理されていますか?」
「ああ、明日の朝だろう。先程報告の者をやったが入れ違ったか?
 戦場で不具合が生じても困る、行って構わないぞ。」
「そのようですね…解りました。出発までには戻ります。」

 なるほど、使者とは私が天井画のある廊下を選んだ為にすれ違ってしまったのだろう。
 ヨシュア殿はそこまで言って会話を閉じ、ご自分の書斎への道順を辿った。


 …そう、死ぬのは彼ではない。
 前線に展開される兵士達だ。

 それを説こうにも、私は噛み砕いて物を説明するのが得意な方ではない。
 頭ごなしに彼の思想を否定した所で根本的な解決にはならないのも解っている。
 それにどうも彼は私に好感を持っていない節がある。…やはりあの三文芝居を根に持っている
のだろうか。
 最早時間も無い、半端に彼の意識を逆撫でるよりも私は私のすべき事をする。
 目的を心で象ると、気圧を下げ常温で気化する水が皮膚に張り付くような緊張が通り抜ける。
 …やはり少々気が抜けてしまっていたようだ。

 無論主は死なせない。
 兵士たちとて、むざむざと犬死などさせはしない。

 

top story back/next

 

inserted by FC2 system