Edelsteinkiste
11草原を往く轍

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 抜けるような青空の下を、馬車が駆ける。
 このあたりは民家は少なく、舗装されていない細い道が暫く続く。
 コーラル領ベルブの草原。
 この辺りに牧場があるはずだが、今は家畜の姿は見えない。
 春になればこの一帯にも草花が芽吹き、長閑な草原の風景が現れる。
 前回の戦争から帰還したのが花の季節だったからそれを覚えていた。

「寒くはありませんか?」
「……平気だ」
「結構です。」

 会話は短く途切れ、車内はがたがたと揺れる車輪の音だけに戻った。
 この馬車には御者と我々二人のみが乗る。
 無用な人員を裂く必要はないと指示を出していた。
 現場の指揮を取ることの出来ない状況は少々歯痒かったが、今回はハズに任せてあるから特に問題は無い。
 たった200の兵でこの国を落とそうとなど相手も考えては居ない。
 今回の出兵は様子を見るための捨石と考えるのが妥当だ。別国の捕虜で主に構成されているのだろう。
 心に礎のない兵士を手折るのは容易い。
 個々の性能が同じならば、生死の分水を決めるのはその意志の力に他ならない。
 国の規模自体が違うこともあるが、随分贅沢な兵の使い方をするものだと思った。

 確かに、ある意味主の初陣にはこの上ない好条件だろう。
 この戦を凌いだとして、エメラルドは痛む腹などない。
 それどころか今度こそ、自国の精鋭を揃えて戦場へ送り込むはずだ。
 この機を逃しては、戦に慣れぬ彼に指揮を取らせるには少々荷が重い。
 よく考えられたお膳立てだ、政治家はいつだって一を見て十を知る。
 
 懐かしい景色。心地良い揺れが、身体に。
 記憶を辿ると、砦まではまだ遠い。

「……随分…平然としているな。」

 取り留めのない思考を、低い声で遮られた。
 反射的に視線を車内に戻すと、声を掛けたその人は私の方を見もせずに俯いている。
 私は人の心の機微に敏感な性質だとは思っていないが、主の気が滅入っているのは流石に見て解る。
 この人の感情はとても解りやすい。

「緊張は想像以上に体力を消耗する物です。
 国内で妙な動きがあるとは考えにくい。仮にあったとして…見通しの良いこの辺りなら見てからでも充分対応出来ますので、ご心配は無用ですよ」
「……そうじゃない。」

 そこで区切り、小さく溜息を付く。
 伏目がちの藍色の瞳はいつも憂いに濁る。
 私の方を見ないまま、主は呟くように問いかけた。

「お前は何時から軍に居る?」
「…そうですね…。物心ついた頃には、既に軍に所属していました。」
「……少年兵だったのか」
「そんな所です。身よりのない私を拾って頂いた軍には感謝しています。」
「……そうか…。」

 私は自分の話をするのは苦手だ。というか、話せること自体少ない。
 おいそれと口外出来ない機密を抱えた身である事もそうだが
 そもそも私は自分の事についてあまり考えたことがない。
 私が知っているのは、私は生まれてすぐに両親を戦で亡くした事。
 引き取られた先であらゆる事を学び、戦うことを憶えた。その後はずっと戦っている。
 それ以外は特に取り立てる程の事はない。

「……怖いと思わなかったのか?
 …自分が死ぬかもしれないのに。……人が死んでいくのに」
「……」

 この人は、誰かと同じ事を言うな。
 いつの間にか無意識に隅に押し込められていたその記憶が、雨粒の様に過ぎる。
 意図せず口元が上がり、鼻から息が抜けた。

「…私はあまりそう感じた事がありません。
 だから理解出来ないのかもしれませんね」
「……」

 微笑んだ私に、主の憂う瞳が困惑の色を混ぜる。

 …『人』と戦うつもりで居るのだろうか、この人は。
 兵士は人ではない。国の為、戦う為に生き戦って死ぬ者達だ。

「……兵士を、『人』として扱うつもりならば言っておきます。」

 彼はそれを人と呼ぶ。
 彼はその危険性を何も解ってはいない。

「貴方は指揮官です。
 貴方が一瞬迷えば味方の『人』が一人死ぬ。
 貴方が一秒迷えば味方の『人』が五人死ぬ。」
「……、」

 曇る瞳は、私を見ようとはしないのはもう解っていた。
 一つ息継ぎをし、構わず先を告げる。

「敵を倒すことを、貴方は迷ってはならない。
 ……それを憶えておいてください。」

 返事がないのも、最早承知の上だ。

 この人の思考は幼く浅い。
 感情に左右され過ぎる。



 馬車が少し速度を落としたのに気付いた。
 窓の外を見ると、ベルブの草原は既に後ろの彼方だった。
 最後の関所を通過すると、痩せこけた灰色の荒野が眼前に広がっていた。

 

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