Edelsteinkiste
12.初陣

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「……番隊はこのように動いて側面から叩く。以上だ」
「了解」

 最後の作戦会議も滞りなく終えた。
 彼が立てた戦略は教科書通りだが…充分だろう。
 こちらは数で勝っている上、地形も極力有利な場所でぶつかるように組んだ。
 相手の進軍が少々遅れている様だが、こちらの有利は変わらない。
 特に異を唱えるべき点がない事を確認した周りの士官達も素直に従う姿勢を見せていた。
 中には何か言いたげな顔をしている者もいたが、私が視線で諌めると泳ぎかけた目を伏せる。

 隊長達が退室し終えた後も、主は難しい顔をしていた。

「お疲れ様でした。」
「……ああ。」
「開戦は昼三つと言うところでしょう。何か召し上がりますか?」
「……必要ない…少し一人にしておいてくれ」
「そうですか。…では私は少し上で状況を見てきます。
 あまり不必要に動き回らないように。」
「解ってる…。」

 さっさと行け、と言わんばかりの溜息。
 …昨夜も殆ど眠っていないのだろう。
 影を湛えた眼窩がそれを示している。
 指揮官の迷いは兵の士気を下げる。…だが今は彼に、これ以上望むのは無理だ。

 やはり駄目だ。
 今回彼は戦えない。



 見張の塔へ続く短い螺旋階段を早足でのぼる。
 私の装備は兵士の中では軽装だが、袖を切ったチェーンメイルがガチャガチャと煩い。
 本格的な鎧を纏うのは久しぶりだ。
 三年前の戦を最後に仕舞い込んでいたプレートメイルは私個人で作らせたものだった。
 この国は女性軍人が多い方らしいが、やはり組織の性質上圧倒的に男性の比率は高い。
 お世辞にも充実しているとは言えない防具倉庫の中身を物色した末
 結局自分の使い勝手に合わせた物を作ることにした。
 素材から関節の繋ぎまで口煩く指示を出して誂えたので、出来上がりに文句はない。
 なぜか赤い塗装を施してあったが、追加料金を取られるでもなく
 特に強度にも問題はなかったのでそのまま使っている。

 階段を登ると視界が開け、冷たい風が頬を強かに打ちつけた。
 象牙色の乾いた土が巻かれて煙を上げている。

「どうだ?」

 更に梯子をかけた小さな見張台に上り、遠眼鏡を覗く若い兵士に後ろから声を掛ける。
 見下ろす手前の荒野では、自軍の兵士達が陣形を整えていた。まだ肉眼で敵の姿は確認できない。

「はい、こちらの配置はまもなく完了します。
 そろそろ敵の姿も見えてくる頃だと……、噂をすれば」
「見せてくれ」

 口ではそう言いつつほぼひったくる要領で遠眼鏡を手に取り、接眼レンズを覗き込む。
 朧気な黒い塊が規則的にざわめく。
 土煙に霞んだ明るい碧色の軍旗は、拡大された視界でもまだ尚遠い。
 少しの間そのぼやけた黒い塊を値踏みする。

「……よし。事前の報告と大差ないようだな。
 引き続き監視を続けてくれ。私は主を……」
「ジャニス様」

 見張の兵士に遠眼鏡を手渡したとき、兵士が私の言葉を遮った。
 そのままもう一度下へ降りようとしていた身体を向き直り、兵士を見る。

「…なんだ?気がかりがあるなら言ってくれ、私に関しては階級を気にする必要はない」
「……その…。」

 まだどこか幼さの残る見張の兵士は、私が見据えると言葉を濁しその茶色の目を伏せた。
 握り締めた拳が震える。
 彼は一つ息を整えると、意を決したように顔を上げ私を見た。

「准将殿は、どういう方なのですか?」
「……優秀な方だよ。剣にも才知にも長けておられる。
 前線に出たことはないからお前たちが不安がるのも無理はないかもしれないが」

 彼の率直な問いに不意を突かれ、一瞬間を置いてしまった。
 この兵士が危惧の念を抱いているのはそんな理由からではないことは解ったいた。
 もっともらしい理由をこじつけてやれば多少は彼らの不安も和らぐのだろうが
 本人があの様子では、私が吐ける程度の嘘など大した効果は得られない。
 当然の様に、目の前の兵士の疑念が晴れた様子はなく言葉を重ねる。

「…例えそれが真実でも…あの人が貴女以上の指揮官とは思えない」
「止せラウル。口が過ぎる」

 私が叱責すると、青年は口を噤んだ。
 溜息を付いた後、彼の頭を一つ撫でる。

「全ては国の意思だ。我々が関与できる問題ではない」
「で…ですが」
「主はあれで優しい方だ、易々とお前たちを死なせはしないさ。
 …それに、私の居る砦がそう簡単に落ちると思うか?」
「……」

 柔らかい橙の髪から手を離すと一瞬彼は視線を上げる。
 一度呆とした顔をして、私と目が合うと慌てて深々と頭を下げた。

「…すみませんでした。」

 細い声が、そう紡ぐ。

「構わん。私は主を呼びにいく、何かあったらすぐに知らせてくれ」
「御意。」

 ……あまり良い状況とはいえないな。

 螺旋階段を下りながら溜息を吐いた。
 兵士の士気を下げるのはどんな場合においてもマイナスにしか働かない。
 軍というのも組織だ、理不尽と思えるような人事も今までだって無かったわけではない。
 ただ指揮官ともなれば、兵の不満を捻じ伏せるだけの力量が求められるというのも事実だ。
 私自身そういった諍いに興味がないので今まで捨て置いてきたが、今回は事情が違う。

 …と、考えて気付いた。
 私まで悪い方に物を考えていては本末転倒。

「……らしくない。」

 一人ごちて、口元が緩んだ。
 目の前に、指先を揃えて並べる。

 真っ白な指先に、よく割ってしまう桃色の爪。
 少し眺めてから、掌に返して小指から順に曲げる。

 歪む掌の皺と、ゆっくりと折れる自分の指。

「よし。」

 最後に拳を強く握り、顔を上げる。
 これは戦だ。
 私は迷ってはならない。

 既に鎧を重いとは感じなかった。
 少し時間が掛かってしまった、早く主の元へ行かなくては。
 私は早足で螺旋階段を後にした。

 

 

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