Edelsteinkiste
1.プロローグ
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職人達の粋を集めた館の装飾が
幼い頃その下で転寝をした古木が
咲き誇る見事な紅の薔薇が燃えていく
逃げ惑う人々は煤と泥に汚れ
その顔は一様に恐怖の色に染まったまま
紅蓮の悪魔の指先が、己に届かぬように。
幼子を抱えた女が
焼き崩れた瓦礫の下敷きに。
泣き叫ぶ声も
混乱を極め右往左往する群集の足音と
この町の全てを飲み込まんと渦巻く炎の轟音に掻き消えた。
その嗚咽は、誰も知る由はない。
それが当たり前だった。
この国は戦火に包まれていた。
度重なる他国の侵略に、人々は抗う。
民は鍬を剣に持ち替えて戦った。
幾度かは退け、幾度かは国を焼いた。
多くの人々は称えた。
勝利により得た多額の富と安息を
多くの人々は嘆いた。
敗北により失った国土と人命を
多くの人々は憎んだ。
国を焼き平穏を乱した敵を
多くの人々が望んだ。
この地に、この身に幸福を
もう何も、失わずに暮らしたい。
ある人は
その為に息子に剣を教え
ある人は
その為に娘に鎧を着せた
ある人は
その為に人を騙した
ある人が
剣を握り締めていた拳を開き
差し伸べた腕を切り落とされた。
そして人々は疲弊しながらも
戦わねば己を護れないと悟る。
ラピスラズリは、資源や物資において決して豊かといえる国ではない。
大陸において岩山に三方を囲まれた、各国に捨て置かれた痩せた土地。
広い荒野と、危険な獣が巣食う不気味な森が点在するばかりの地に
人々は敢えて立ち入ろうとはしなかった。
陸続きに栄えた華やかな文明が、すぐ傍にあるのにと。
その地を拓くと国を出た開祖を、周りの国の者は十人が十人
『酔狂だ』と笑った。
周りの嘲笑には耳を貸さず、開祖は僅かな同志と共にその地の開墾を続けた。
その場所に街を築くことは容易ではなかった。
丹念に岩を取り払い、土地を耕し草を植え、木を植えた。
だが新たな発見もあった。
森を抜けた地に広がる、一集落はあろうかという大きな湖だ。
永らく人を寄せ付けなかったその水面は透明に煌いて
人々の身を清め、心を癒した。
そして時は流れ、人々の努力が実を結ぶ。
依然として貧しい暮らしを強いられながら、少しずつ作物は実り
切り立った岩肌を開拓するうち、少量の石炭も発掘された。
他国の援助も受けながら、少しずつだが着実に発展させて行ったのだ。
そして、この地に
藍色に煌く宝玉を頂く"ラピスラズリ"という国が生まれた。
各国は未だ、その小さな国を脅威とは見ていなかった。
貧しくも慎ましく暮らしながら
自国を発展させようと団結し、荒野を耕す人々の姿は
他国の目には美談に映ったのかもしれない。
この頃の他国はラピスラズリの独立に協力的で
彼らに自国の技術を与え、融資した。
ラピスラズリはそれを元に独自の文化を築き
建築や鉄鋼の加工技術を発展させ、貿易の材料にした。
地下資源に乏しいこの国では、それが常套だった。
ある日の出来事が、ラピスラズリの身辺を一転させる。
それは名もない炭鉱夫が振り下ろした鶴嘴だった。
切っ先に、妙な感触を覚えた炭鉱夫が、その壁を丁寧に掘り起こす。
それは古代文明の石碑の一部だった。
今までこの大陸から出土されたどの遺跡よりも古い
歴史を覆す大発見だ。
ラピスラズリはその一帯の発掘を進め
発見した遺跡を公表することにした。
もはや、ラピスラズリを痩せた土地で震えていた小国と見るものは居なかった。
数十年の間にここまで土地を拓き、独自の文化を築いたこの国を。
湖を称えた山岳の秘境…優れた技術者が造った、華やかに彩られた街並み。
農作物の改良も、手先の器用な彼らは怠らなかった。
より強く、より多く。
一人でも餓えに苦しむ民が救われるように。
同じ作物でも、ラピスラズリの面積辺りの生産率は既に他国を凌ぐ。
加えて、今回の遺跡の発掘。
整備した博物館を建てれば、充分な観光収入を見込むことが出来る。
民の心は希望に躍った。
ある国はその発見を喜び、称えた。
ある国は手を取り、共に調査を進めようと持ちかけた。
ある国が、その全てを奪う事が出来ないかと考えた。
それが全ての
始まりだった。
この頃、既に没した開祖は
ある国の騎士だった。
彼の意を知る、数人の老人は嘆いた。
皮肉にも、この国では
その者達こそが、戦う術を知っていた。
ターコイズ
ガーネット
アゲート
ペリドット
アクアマリン
宝玉の名を頂く労賢人達の指揮の元
民衆は剣を手に取った。
ラピスラズリの血を引く王は
祖父の、父の意を思い
王家に伝わる祖父の形見の剣を手に取ることを少し迷った。
だが彼は、雑念を振り払うように剣を手に取った。
祖父の築いた国を、失うのを恐れた。
----剣は暗い欲望と憎しみしか生まない。
何もかも捨てよう、新しい国を作ろう。
誰もが幸せに暮らせる国を----
祖父の悲願が、青年の胸に突き刺さる。
それでも、祖父が建てたこの国を
そしてそこに暮らす彼らを護ることが、王である自分の責務だと
青年は言い聞かせ、老人の下に剣を携えた。