Edelsteinkiste
2.王宮にて1st

story/back next


 また、戦争が始まる。

 出兵は一週間後。
 使者の手に携えられた手紙を改め、眉を顰めた。
 文章は最後に、"明日宮廷へ上がられたし"と〆られていた。
 父である国王のサインと
 ラピスラズリ王家の紋章を象った蝋で封をされたその手紙を引き出しの隅に追いやる。

 使者には明日伺うと伝えるよう言い含め
 半ば追い出すように、手荒に自室のドアを引く。

 独りになった部屋で、吹きすさぶ冷たい風が窓を鳴らした。
 窓の外では小雪と共に、庭の広葉樹の枯葉が舞う。
 …雪、か。
 この国ではこうやって、時折風の強い冬の日に
 山を越えて吹き飛ばされて来た様な小雪がちらつく。
 それ以外で降ることはあまりない。
 この地で雪が積もった所を見たのは、数年前の一度きりだった。

 ……あの時も戦争をしていた。

 十年前に始まり、三年前に終わったダイア国との戦争。
 七年という長きに渡り、戦い続けた我が国は疲弊した。
 この城下町のすぐそこまで敵国の兵が押し寄せたこともある。
 焼け爛れて行く街並みを目の当たりにした時の衝撃は
 言葉で語りつくせるものではなかった。

 戦は人が死ぬ。
 それは誰かの大切な人であっても無慈悲に奪われる。

「……兄上」

 冷えた窓に額を当て、そう呟いた。
 …そう。あの戦で、次兄が死んだ。

 上の二人とは歳が離れていたから
 長兄にも次兄にも、随分可愛がってもらった。
 剣の稽古を付けてもらった事も一度や二度ではなかった。
 その度に、筋は悪くないがお前は気が弱すぎると窘められたっけ。
 日に透ける黄色がかった茶色い髪を短く切りそろえて
 少年のような、よく動く藍色の瞳が印象的だった。
 次兄は自分とは違い、快活で朗らかな人だった。
 俺は出兵はしなかったけれど、以下の兵士達にも慕われていたと人伝に聞いた。
 それも道理だと、思う。

 戦場にさえ出なければ?
 …いいや、そもそも

 戦争さえなかったら。

 誰も死ななくて済んだのに
 兄上も
 あの日焼かれた街に住む人々も。

 …どうして、戦わなくてはならないのだろう。

 前の戦争が終わって、まだ三年。
 …たった三年だ。
 爛れ、踏み荒らされた国土も
 切り裂かれた心の傷もまだ
 癒えきってはいないのに。

「……」

 大きく吐いた溜息が、窓を曇らせた。
 ちらつく小雪が、夜の闇に吸い込まれていく。



「久しぶりだな、フルトブラント。変わりないか?」
「…はい、父上。」

 謁見の間は、相変わらず重苦しい雰囲気が漂う。
 父と、その傍らに補佐官のヨシュア。
 窓からの光彩を背に受けた父の表情は読み取りづらかったが
 何処となく窶れた様に見えた。

 父に遊んでもらった、というような記憶はあまりない。
 王室の仕事は何時だって忙しく、加えて自分は三男だった。
 子供の頃はそれを寂しいと思っていたが
 母や重臣に言い含められる内、時と共にその気持ちも薄れた。
 今となってはそれを非難するつもりはない。

 剣を習い始めたのは、十の頃。
 幼い頃の自分の世界は、今よりも余程狭く
 剣を振るという事の意味も理解していなかったが
 筋が良いと褒められれば喜んだし
 実際に幾つかの大会で優勝したこともある。
 その度に賞賛し、労ってくれた母。

 母の儚げな笑顔を護りたかった。

 その為に必要なのだと、あの頃は信じていた。
 自分が強くあれば、何もかも護れると思っていた。

 母は元々身体の弱い方で、七年前病で亡くなった。
 戦乱の最中、度重なる心労も手伝ってだろう
 あっけなく逝ってしまわれた。

 人は簡単に死んでしまう。
 それは戦前に展開する兵士達ばかりではない。

 剣に
 ……戦争というもの自体に
 疑念が湧いたのはきっと

 あの真っ白な、細すぎる腕が
 寝台から力なく垂れた瞬間だ。

 それから今まで、俺は戦場へ出ることを拒み
 母との思い出が眠る館でひっそりと暮らすことを選んだ。

「……お前に護衛を付ける。」
「は…?館の警護は充分だと思いますが」
「お前自身に、だよ。
 エメラルドは好戦的な国だ。何時どんな危険が及ぶとも限らない」
「……父上…。和解は不可能なのですか?
 私はもう」

 そこまで言った時、後ろから小さくドアを叩く音がした。

 

top story back/next

 

 

inserted by FC2 system