Edelsteinkiste
4.王宮にて3rd

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「……」
「……」

 宮廷内の廊下を、無言で歩く足音は二つ。
 謁見の間を出た俺の後を、少し遅れて付いて来る足音に苛立った。

「…付いて来るな」
「私の仕事は貴方の護衛です。宮廷内ならそう心配はないと言えど
 出来得る限り離れぬ様と国王から直々に仰せつかっておりますので。」

 事も無げに、彼女はそう言う。
 …冷たい声だ。
 彼女にその気があるかどうかは知らないが
 非難されているようで居心地が悪かった。

「……」
「どちらへ?」

 与えられた寝室の扉を過ぎた俺の後ろで、彼女が声を掛ける。
 出兵までの一週間、ここで寝泊りをして
 資料の整理や作戦の考案をしろというのが、父の命令だったが。

「…館へ戻る。」
「…主。国王の命に背くおつもりですか?」
「……戦争なんてしたくない。それに…
 俺みたいな素人が出るよりも慣れた人間を使った方がお前たちだって都合が良いだろ。」

 少し、皮肉めいた言い方をした。
 普段、軍人というのはあまり関わりがなかった。
 表立っては誰も口にはしないが、宮廷の人間は彼らにあまり良い顔はしない。
 軍人などとは大抵粗野で野蛮な人種だとこぼしていた貴族は誰だったか。
 目の前に居る女性から、そんな印象は受けないが
 先行している"軍人"のイメージは、心の何処かではやはり蟠る
 その上での彼女の淡々とした口調と冷たい瞳は、俺の心をざわめかせるに充分だった。

「…貴方は優秀な剣士です。二年前の大会で一度拝見致しましたよ。」
「……」
「知識も深いと聞いています。そう自分を卑下するものではありません」

 …二年前の剣術大会。
 あの時も周りに押し切られて嫌々参加したのだったっけ。
 今更剣の腕を褒められても、何も感じなかった。
 彼女の言葉は全て、"戦う事"が前提だ。
 ……"自分を卑下するものではない"か。
 嫌味の一つも通じない女性に、もう一度視線を送る。

 やはり、綺麗だ。

 人形のように整ったルックスは、素直にそう思う。
 レンズの奥の瞳が一つ瞬きをした時、思いの外長い睫に気付く。

 何故、この人は軍に志願したんだろう。
 ふと、何気ない疑問が頭を過ぎった。

 暫く沈黙が続いた後
 視線の先の女性が唐突に口元に手をやって俯いた。

「……どうしても…行かれるのですか?」
「え?…あ…え、と」

 彼女の肩が、震えた。
 声も

 別のことを考えていた頭には
 それはあまりに突然で、言葉に詰まった。

「国王の命に背く手引きをしたとあれば…
 …私もただではすみません…」

 ----シャラ…

 彼女は携えた剣を抜く。
 何事かと、身構えたが
 その切っ先の向かう先は自分ではないと気付いて

「死にます!!父上母上、不肖の娘でしたが先立つ不幸をお許し下さい!!」
「おい!!何考えてるんだっやめろ!!」

 瞬間、彼女の腕を掴み
 刃はすんでの所で彼女の首筋の手前に留まった。

 それでもその細い腕は力を緩めようとはせずギリギリと震える
 激昂した彼女は尚も言葉を続けた。

「離してください!!
 貴方がここに留まらないなら同じことです、せめて自分の始末は自分でっ…」
「だからやめろって、解った、解ったから!!
 父上の命令に従うよ、頼むから剣を納めてくれ!」

 そう言った途端、彼女の腕の力が緩む。
 …なんて女だ。
 国に忠実と言えば聞こえは良いが
 こんな調子では命が幾つあっても足りない。
 剣を持つ腕が力なく垂れたのを見計らい
 ようやくその手を離して安堵の溜息を吐いた。
 だがそれと同時に、ふと疑問が湧いてくる。

 彼女が父にどういい含められているのかは知らないが
 ……普通、俺がここで家に戻った位で護衛の首が飛ぶものか…?
 仮にも第二王位継承者という立場に居る俺に付けられるくらいだ
 女性とはいえ、彼女も軍においてはそこそこの地位にあるはずでは…

 ----カチン

 剣を鞘に納める音がした方向を見る。

「それは良かった。」

 ……なんてことだ。

 事もあろうに、彼女はそう呟いて
 にやりと一つ、口元に笑みを浮かべたのだ。

「では早速纏めた資料をお持ち致します。
 お部屋で目を通しておいて下さい、新たに情報が入ればその都度報告が上がるでしょう。」
「……!」

 先程の鬼気迫る様子は何処へやら
 彼女の表情はまたその顔から消え失せていた。
 たった今まで泣きそうに震えていた声まで
 元の淡々とした口調に戻っている。

「騙したな!!」
「主が考え直して下さったので私が自害する必要も無くなっただけですが?」
「ぬけぬけとっ…!帰る!!」

 平然とそう言い切った。
 涼しげな横顔にふつふつと怒りが込み上げ、叫ぶように声を荒げる。
 とんだ茶番だ。
 不機嫌に踵を返し、廊下を進もうとした俺に
 彼女は溜息交じりに投げかけた。

「…仮にも一国の王家の血筋の者がそう簡単に約束を反故にしてよろしいんですか?
 そもそもこれは国王のご命令です。お忘れなきよう」
「っ……」

 彼女のやり口にも冷静さにも腹が立ったが
 痛い所を突かれて思わず押し黙る。
 そして彼女はその隙を見逃さない。

「返事は?」
「………」

 とどめとばかりに畳み掛ける。
 彼女の冷たい瞳は最早揺れる事はない。
 ただただ静かなその視線に

 "……お前ばかりを甘やかしてはおけん"

 …頭の中で繰り返した、父の言葉に

「……解った…。」
「結構です。ではすぐに戻りますので部屋からみだりに出歩かないでくださいね」
「……ああ。」

 折れた。
 今はそれ以上のことを何も考えたくなかった。

 

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