Edelsteinkiste
5.王宮にて4th

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 明くる朝。
 きっかり朝食の十分前に彼女は俺の部屋の扉を叩いた。
 無表情の女戦士は、型通りの挨拶を交わした後
 食堂まで連れ添い、俺が席に着くと出て行った。
 これではまるで、護衛と言うより監視の様だ。

 食事の席に父の姿は無い。
 何とか面会を頼もうとしたが、彼女然りヨシュア然り
 その願いを聞き入れてはくれなかった。

 戦って、人を殺して
 仲間が、民が死んで
 自分だって死ぬかもしれない

 そんな所に、父は自分を送るのか。
 王位を継げぬこの身は所詮
 父の意のままに操られる使い捨ての駒なのか。
 俺にそうなる事を、父は望んだのだろうか。

 ……怖い。
 そうだ、怖い。

 兄や、母の
 あの血の気の失せた顔を思い出して身が震えた。

 考えたくない、と思いながらも
 取り留めの無い思考は留まらず、答えも出ない。
 とてもではないが食事が喉を通るはずはなく
 結局パンを少しと飲み物にだけ口を付けて食堂を出た。



「早いお帰りで。きちんと食べましたか?
 朝食はどんな活動をするにおいても大切ですよ。」

 重い足取りで部屋へ戻ると
 合いも変わらず淡々と話す女性が既に資料を広げている。
 昨日はとてもではないが資料に目を通すにも
 彼女と話をするにも余裕が無かった。
 それでも延々と彼女は報告を続けていたはずだが
 何を話されたかなど殆ど覚えていない。

「……名前。ジャニス?ジャンヌだったか」

 言ってしまってから、随分失礼なことを聞いたと思ったが
 彼女は憤るでもなく抑揚の無い声で答えた。

「ジャニスです。ジャニス・ガーネット。」
「ガーネット…?
 ガーネット家はもう滅んだと聞いていた」

 "ガーネット"は紅色の宝玉を頂く、ラピスラズリの開拓を手伝った家の名だ。
 最初の戦争が始まった頃、他の開祖と共に民に戦の手解きをした。
 その後、間をおかず衰退の一途を辿り、血筋も既に途絶えたと。
 建国時について詳しいことが書かれた書物は
 度重なる戦火に焼かれてしまったのか、敵国に奪われてしまったのか
 それ以上のことは俺もあまり知らない。
 現代では既にその名を知る者すらも少ないだろうが
 歴史書の端にほんの少しの記述があったのをなんとなく覚えていた。
 
「ああ、たまに言われますが…私は開祖の血筋ではないですよ。」
「え?だって…」
「私は孤児ですから。親の顔は知りません。
 この名は国から頂きました、十六の頃です。」
「あ…すまない……。」
「いえ。特に辛くはありませんのでお気遣いなく。」

 衰退したとはいえ開祖の家の名を…。
 父は良く言えば柔軟な思考の持ち主だと思うが
 驚いたと言おうか、呆れたと言おうか。

 …それとも、両親を亡くした少女へのせめてもの慰めだったのだろうか。
 勝手にどこかの軍家の娘なのだろうと思い込んでいたが
 あの冷たい瞳も、物言いももしかしたら
 幼い頃から親の温かさを与えてもらえなかったせいなのかもしれない。
 彼女の生い立ちも、そう考えると胸が痛んだ。

 ……だが。

「……昨日のあれは結局嘘か…。」
「え。」

 "父上母上、不肖の娘でしたが先立つ不幸をお許しください!!"

 昨日の彼女の台詞を思い出していた。
 …あれさえ無ければ素直に同情出来たものを…。

 煌びやかな装飾用の剣でも、柔らかい首筋の血管を斬る位容易い。
 迷い無くそれを己に突きたてようとした時の、決死の表情
 必死で掴んだ、細い腕の感触も。

 混乱していたせいで気付かなかったが、今思えば
 確かに笑ってしまうほど不自然だ。
 引っかかった自分が間抜けで、彼女を責める気も起きない。

 一方、当の本人はと言えば
 まだ信じてたのか、と言わんばかりに鳶色の瞳を見開く。
 ……最早何も言うまい。

「それは…失礼しました。」
「……もういい」

 彼女なりに気を使ったのだろうが
 例え何を言われてもこの居た堪れなさは変わらないだろう。

 ふと、あの時の事に違和感を感じた。
 馬鹿馬鹿しい芝居の筋書きにではない
 煌いた剣、細い腕、項垂れた自分と、怪しげに笑ったジャニス
 …あの中に。
 なんだったろう?

「主は優しい方ですね。」
「……、」

 口調はそのままだったが、そう言って
 ジャニスは少し口の端を上げた。

 たったそれだけ。
 それだけで、彼女の周りの空気が少し和らいだ気がして

 一瞬掠めた疑問は忘れてしまった。

 

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