Edelsteinkiste
6.王宮にて5th
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"明日宮廷へ上がられたし"
その言葉で〆られていた手紙の返事を使者に伝え帰した後
改めて仰々しく国章で封をされたその手紙の中身を読み返していた。
志願兵の配置、物資や馬の手配に始まり
やるべき事は文字通り山程あったが
その差出人と手紙の内容は私の手を止めるに十分な内容だった。
"フルトブラント・ラピスラズリを戦場へ送る。
当面貴殿に彼の護衛・指導を命ず。"
…何度読み返した所で、内容が変わる訳はないのは解っていたが
何故今更、それも敢えて私を選んだのか。
国の意思は絶対、特に断る理由もなかったが疑問は残る。
「……十年に一人の天賦の才を持つ戦嫌い…か。」
フルトブラント・ラピスラズリはこの国の第二王位継承者に当たる。
彼は三男だが、次男のミストリア・ラピスラズリは先の戦争で亡くなっていた。
私は直接言葉を交わしたことはないが、彼の噂は軍でも時折耳にしている。
"十年に一人の天才"
そう評されるその人は、知識が深く勤勉で
こと生物学…確か植物の交配か何かで幾つもの新種を発表していると聞く。
その上剣術にも優れ、彼の前では歴戦の雄も苦戦を強いられる。
風の噂を耳にするたび、そんな完璧な人間がいて堪るか。
温室育ちの王子様だと相手が気を抜いていたのだろう、と思ったものだ。
耳に聞くのは人の口を介してばかりで、彼は先の戦にも出てこなかった。
三男という立場上か、王宮の行事でも彼の姿を目にすることは少ない。
私が彼の力量の一端を目にしたのは、二年前の剣術大会での事だった。
その日は私は出場しなかったが、馴染みの顔が何人か出ているのを知っていたので
思いがけず時間が空いた折、知り合いを冷やかしに行くつもりで会場に立ち寄った。
試合はトーナメント形式で行われる。
客入りもそれなりに良く、賑やかな歓声は最早祭りのそれだ。
どうせ見るなら見やすい位置で観戦したかったのだが
何やらスタンドの最前列に陣取ってそわそわと入場口を見ている娘が数人居る。
行きがけにコーク売りの子供が私のシャツの裾を引っ張ったので
ジーンズのポケットから小銭を渡して一つ買った。
端数が余ったので取っておくように少年に伝えると、弾ける様に笑う。
子供の笑顔というのはいつ見ても無邪気で良い物だ。
少し後ろに一人分の空席を見つけて座った。
入場の際手渡されたパンフレットで出場者の名前を確認する間
名を呼ばれ、入場した選手が彼だった。
ざわ、とどよめく観衆と、娘らの黄色い声が湧く。
入場口から現れたのは、結構な良い身形をした騎士だった。
手前で騒いでいる少女達が"フルトブラント様"と叫んでいたので
それがあの噂に名高い"十年に一人の天才"と呼ばれる男だと知った。
戦嫌いという割にこういう大会には出る理由は測りかねたが
この目で件の剣の腕を見られるのは重畳と、一端手を止めその人を見る。
細身の身体に、闇色の腰まである長い髪を後ろで束ね
長い前髪が深い藍色の瞳を片方隠してしまっている。
整った細面に白い肌、細身の身体に纏う騎士の装束。
歩く姿、仕草一つ一つにも気品を感じさせる人だ。
これなら歳若い娘らが騒ぐのも無理はないだろう。
伏目がちで少々猫背の細身の剣士が相対するのは
倍の質量はあろうかという大男だ。
一撃でも貰えば、切れぬ剣とはいえ骨の一本二本は覚悟した方がいい。
…どこか物憂げな雰囲気が、闇色の長い髪が
彼を更に小さく見せている気もしたが。
すらりと剣を構えると一変、彼の雰囲気が変わった。
正面を見据え背筋を伸ばし、剣を構えた。
ただそれだけで。
…彼は良いものを持っている。
それが私の率直な感想だ。
教科書通りだが隙のない構え、流れるような仕草。
剣には一様に使い手の気迫が篭るものだが
その所作の一つ一つが色付いた様に、見る者の視線を奪う。
安易な言い方だが、カリスマ性とでも言おうか。
彼にはそれがある。
この大会自体が茶番だと考えていた私は
試合内容にさほど興味がなかったので細部まで憶えていないのだが
彼の剣は舞踊のように優雅な印象だった。
相手の大男は巨躯に物を言わせた乱雑な戦い方だったがパワーはやはり段違い。
ぶつかり合う鈍の音が耳障りな轟音を奏でながらも
彼の剣は崩れず、受けるも交わすも緩やかに見えて隙がない。
足の運び、肩の使い方、指の先まで全てに神経が通う良い剣だ。
一合切り結んだ時点で勝敗は見えていたが
彼は暫く様子を伺うように大男の剣を凌いでいた。
何を攻めあぐねているのかはよく解らなかったが、結局
彼が大男の喉元に剣を突きつける形で勝敗は決した。
確かに、小隊長クラスの腕はあるようだ。
完成された動きは無駄が無い。
剣を仕舞ったと同時に、俯いた彼から纏う物が消える。
翻ったマントの端が収まる端から色褪せていく。
その時、彼が戦嫌いだという事を思い出していた。
母と兄を亡くしてからは館に一人、数人の使用人とひっそりと暮らしている事。
……良い素質は持っている。
それは認めざるを得ないが
刃を削ぎ落とした剣ですら躊躇うなら
確かに彼は戦場では戦えない。