Edelsteinkiste
7.王宮にて6th

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「失礼、ハズ・トパーズ戻りました。
 兵站に寄って来ましたが、先行した物資・兵士の輸送は順調に進んでいるそうです。」
「ん。ご苦労」

 丈のある黒いコートの小雪を叩きながら、背の高い男が部屋へ入ってきた。
 カツカツと歯切れ良い靴音をさせ、外套をハンガーに掛ける彼に短く返事をする。
 もう二月も終わりだと言うのにちっとも寒さが和らがない。と不満そうな独り言を呟き、几帳面に掛けた外套の襟を正してから
 ハズは自分の椅子の上に鞄を置いた。

 彼…ハズ・トパーズとは私の初陣の頃からの付き合いだ。
 何度か同じ部隊で戦ったのが縁で、共に仕事をする機会も多い。
 現在彼は私の部下に当たるが、歳は確か十は上だったと思う。
 明るいブロンドを緩く後ろに撫で付け、瞳と同じ緑色の石をあしらったピアスが左耳に一つ。
 彫りの深い顔立ちに垂れた目尻、最近は下瞼や口元に少々寄る年波を感じてきた。
 戦士としては細身に見えるが、彼もこれで中々の手練だ。
 剣術・体術優秀、ナイフ投擲の技術ならば我が軍で右に並ぶ者は居ない。
 これで名門トパーズ家の次男というのだから
 未だに彼が独身を貫いていることが私には不可解で仕方がない。

 この国でトパーズの名を知らぬ人間は居ないと言っても過言ではない。
 今となっては数少ない貿易商を主な生業とする家の一つ。
 ラピスラズリは国境の三方を岩山に囲まれている。
 切り立った岩肌が自然要塞となり、それは戦においては攻めにくい地形だが
 他国と交流する為のルートが少ないのだ。
 戦争が始まると友好国でも思うように行き来をするのが難しくなる事もあり
 貿易を含めた外交関係の事業者は軒並み大打撃を食らう。
 戦争が長引けば長引いただけおのずとそういった職業は廃れていくが
 それを逆手に取り、弱り始めた貿易の一切を牛耳る事に成功したのがトパーズ家だ。

 戦争と言っても、何も毎日毎日兵士を展開して戦闘を行っているわけではない。
 どんな魔法を使っているのかは知らないが
 彼らは針の穴を通す正確さで合戦の合間を縫い
 戦時中であろうと外交で利益を上げている。
 その功績が評価され、今や領地の所有面積は
 アクアマリンやコーラルなどの旧家をも凌ぐ。
 最早家柄だけでは利益を存続出来なくなりつつある昨今でも
 トパーズ家は未だ躍進を続けている数少ない貴族だ。
 もっとも、ハズは既に家を出て久しく
 家業も兄が継いでいるので詳しいことはよく解らないと笑っていたが。

「…そういえばお前、フルトブラント様と親しいか?」

 トパーズクラスの一流貴族ならば宮廷とも縁があるだろう。
 そう思い立って、荷を解いていたハズの横顔に問いかけた。
 人好きのする緑の瞳が一瞬見開き、資料を持つ手が止まる。

「フルトブラント様、ですか?実家に居た頃は何度かお話しする機会もありましたが…
 親しいとは言えませんね、もう十年以上も直接お会いしてませんし。」
「そうか…。」

 当てが外れた。
 まぁ解らなければ解らないでも明日になれば直接宮廷へ赴くのだから構わないか。
 …よもや忘れているわけではないだろうが
 "護衛"という任務に私を使うリスクも指摘しておこう。
 そう思い立ち、資料の整理を再開しようとする私に穏やかな声が降る。

「…私が知ってる彼は大人しいけれど利発なお子さんでしたね。
 馬の扱いも上手でしたから運動神経も良いと思いますよ。……国王は彼を戦場へ?」
「……ああ、そうだ。私が護衛に抜擢された。
 準備の途中で抜けるのは忍びないが…後は任せていいな。」
「ええまぁ…それはこちらでなんとかしますが」

 この短い会話で、私の質問の意図は正しく伝わってしまったようだ。
 特に隠し立てする必要も無いと思ったので、そう答える。
 全く、彼は頭の回転が速くて助かる。
 ハズに任せておけばこちらも特に問題は無いだろう。
 そうだ、軍本部長にも報告を上げておかなければ…
 そんな思案をしつつ、珍しく歯切れの悪いハズに視線をやると
 顎に指を乗せて少々複雑そうな顔をしている。
 私の怪訝な目に気付いたようで、彼は一つ明るく笑った。

「どうしました?そんなに見詰めて。
 少々妬けてしまっただけですよ、貴方を傅かせる男にね」
「もういい…仕事しろ。」

 あからさまにはぐらかされているが、ここでつっこんだ所で
 この調子で白々しい口説き文句を並べ立てて煙に巻くだけ、というのはもう解っていたので敢えて問うまい。
 ハズは誰にでもこんな調子だ、フランクな人柄から軽薄と見られる事もあるが
 無意味に隠し事をするような人間ではない。
 彼なりに何か理由があるのならそれを無理に暴こうとも思わない。
 
 はいはい、と笑って資料の整理を始めたハズを横目に
 けしかけた手前、私も資料の束を手に取った。


 そうだ、らしくもない。
 私はこの国を守る為に戦う国の駒だ。
 特に余計なことを考える必要もない、与えられた仕事を真っ当するだけ。

 風で揺れた窓の音を聴いて、反射的に目が奪われる。
 冬の終わりに一際強く吹く風が、小雪を纏って横薙ぎに通り過ぎていった。

 

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