蜻蛉恋歌

匂い詐欺

 

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「…何を作ってるんだ?」

「クッキー。
 明日マホちゃんとナホちゃんが来るでしょう?だからお茶菓子」

「相変わらず凝り性だな…」





 漸く曲作りが一段落したのか、単に煮詰まっただけかは知らないが
 昼過ぎに手を付けたクッキーの生地を練り上げた頃、貴方は仕事部屋から顔を覗かせた

 いざ冷蔵庫に仕舞おうとしていた種を一瞥し、そう言う。

 お菓子作りは学生時代からの私の趣味だ。
 生地はプレーンと、ココアと、抹茶の三種類
 型抜きも可愛いけれど、如何しても余白が残る故(から)
 かと言って余った生地を練り直すと素人でもはっきり解るほど味が落ちてしまうので
 貧乏性な私は昔からアイスボックスクッキーしか作らない。

 生地を棒状に丸めて凍らせて、金太郎飴の如く切り分けて焼くタイプの奴だ。
 否、此れも工夫次第では様々な模様が出せて面白い。

 二色の生地を薄く延ばして重ねて巻けば渦巻き
 白黒の細く四角い棒を四本作って組み上げれば市松
 只丸めた生地を切り分けてから型で抜いて、色違いに嵌め込めば可愛い絵入りのクッキーに為る

 といった具合に。

 今回の型は何を使おうか、縁が在った方が可愛いかな。
 緑の市松も作ろうか、三色使って縞模様もいいな。
 生地を寝かせる間、そんな事を考えている時が堪らなく楽しい。
 年季が入っているだけあって、確かに凝り性なのは自分でも認める。 


「珈琲、淹れる?」

「ん…嗚呼。」


 生地を冷蔵庫に入れたら暫くは休憩だ。
 片付けがまだ少し残っていたが、私も一休みしたかったので構わず薬缶に手を掛けた。

 マグカップを二つ出して、ドリップの珈琲と紅茶のティーバックを其々にセットする。

 料理には暗い貴方は大概さっさと居間へ戻って煙草でも吸いながら待っているのだが
 今日は中々動かないので其方を見ると、貴方はバニラエッセンスの瓶を心なしか険しい顔でじっと見つめている。


「…如何かした?バニラ、嫌いだったっけ?」

「……否…嫌いじゃないが」


 珍しいので声を掛けてみると
 貴方は不機嫌そうな声。

 何か私、悪い事でもしただろうか。
 なんて思い始めた所。


「此れ、実家にもあってな。小さい頃こっそり舐めたら酷い目に遭った。」

「……。」

「バニラアイスの匂いがするんだぞ。甘い味がすると思うだろ?子供は。」


 いざ、舐めてみると舌が痺れて
 泡を食って口を漱いだのに、暫くヒリヒリと痛んで止まらなかった。

 小さく溜息まで吐いて、貴方は忌々しげに瓶を置く。
 真顔で、何を言い出すかと思えば…。

 幼心に胸躍る、魅惑の甘い香りの罠に
 ものの見事に引っかかってまったらしい。

 
「……ぷっ…」

「笑うなよ…」

「だって……あはは」


 意外と言えば意外な気もするが、同時に貴方ならやり兼ねないとも思う。

 只、其の様子を思い浮かべると、やっぱりどうしても可笑しくて。

 不服そうに小突かれるまで笑ってしまった手前
 実は私も子供の頃、煮ていた小豆をこっそり摘み食いして
 甘くも美味しくもなかった上

 舌を火傷した過去があるのは黙っておく事にした。

 

 

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